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 紙人形

もう20年も前の話。「世にも奇妙な物語」の中に「呪いの紙人形」というのがあった。西岸良平の原作だった思う。こんな話だ。
小学生の少女が主人公。学校の担任は、意地悪な鬼先生。そして家では、怒ってばかりいる養父。さらに近所の男の子にはいじめられてばかり。そんな少女が、ある晩占い師に呼び止められるんだね。占い師は、少女にこう話す。この紙人形に呪いをかければ、思い通りの死に方で相手を殺せる。少女は三つの紙人形を家に持ち帰り、「みんな死んでしまえ!」と呪いをかける。
それから十数年の歳月が流れ、小学校の同級会。こちらに向かう途中の恩師が事故死。同時に、養父の急病入院を知る。厳しくて意地悪だと思っていた先生も養父も、実は彼女のことを大切に大事にしていたんだね。
彼女は、昔紙人形で呪ったことをハッと思い出す。呪った相手はもうひとり。あの近所のいじめっ子。その男の子は、なんと彼女の婚約者になっていたんだ。彼が車に轢かれてしまう!彼女は待ち合わせの場所に必死で走る。そして、道の向こう側で手を振る彼を見つける。「こっちに来ちゃダメ!」と叫ぶのだが、彼にはまったく聞こえないんだね。道路を渡る彼に近づく大型トラック。そして、彼はトラックに‥。
しかしその瞬間、十数年前の過去に‥。少女の前の占い師がこう尋ねるんだ。この紙人形、ほしいかい?少女は首を横に振り、走り去る。そして、心配して探しに来た養父と出会うんだね。「お父さん!」と、少女は初めて口にする。うれしそうに笑う養父。手をつないで家に帰るふたり。エンドマーク。

邯鄲の夢に少し似ているが、なかなかいい話だった。
後になって、年を取ってからわかることって、いろいろあるよね。そんときわからなくてもね。

それから、「ありがたさ」「ありがたみ」もそう。失ってから、初めてその「ありがたさ」「ありがたみ」がわかるものだ。
おれは高2のとき、事故で足を骨折。2ヵ月ほど入院したが、「歩けるって、どんなに幸せなことか」とつくづく思った。歩けるようになったら、ああしようこうしよう。あそこにも行こう、なんてね。ほんのほんの短い入院なのに、バカみたいだねえ。でも、そういうものだ。
あたりまえのものほど、それを失ったときのショックは大きい。家があって、あたりまえ。家族がいて、あたりまえ。健康でいて、あたりまえ。でもさ。実は、ちっともあたりまえじゃないんだよね。「だれが、いつ、どこで、どうなるか」なんて、だれにもわからない。


それから。30年も40年も前に読んだショートショートにこんなのがあった。
過労で寝不足、しかも空腹。汗だくで駅へ。乗り込んだ電車は超満員。身動きひとつできない。さらに悪いことに、冷房は故障。横のうざい男は汗だくで、汗の匂いと湿り気がこちらに直に伝わって来る始末。もう最低最悪な状況。しかし、彼にとっては人生最高のシーン、エクスタシーの絶頂。
でも、夢の途中で目覚めてしまう。目の前には、白い砂浜とどこまでも広がる青い海。ボロ服でひげ面の男は、深いため息。彼は、実は無人島でひとりぼっちという話。

「幸せの青い鳥」ではないが、幸せはいつもすぐそばにあるのかもしれない。欲に目がくらみ、それになかなか気づかないんだね。きっと。
11.3.20


 怖い

今朝の4時頃だろうか。地震で目を覚ました。ガタガタガタッと部屋が大きく揺れ、とても怖かった。朝になって知ったが、長野県北部の栄村などで被害が出ていた。おれの住む長野市はなんともなかったが、怖いねえ。昔からある「怖いもの」のランギングの上位は、今も不動だ。

天災は忘れた頃にやって来るというが、記憶の新しいうちに次から次へとやって来る。どうして、こうなんだろうか。
11.3.12


 指輪

いつも音楽を聴いている。家にいるときも、車を運転しているときも。ロック、ソウル、フォーク、ジャズなど、とにかくいろいろなジャンルの曲だ。でも、どれもこれも昔の曲ばかり。いわゆるoldies というやつだ。この年になると、新しい曲はどうもねえ(汗)。

PCには、厳選800曲が入っている。ずっと以前、大きな声で言えないが、ここだけの話、LimeWireでせっせせっせと集めたもの。曲だけでなく、落語なんかも集めに集めた(汗)。で、いくつものプレイリストやCDを作り、繰り返し聴いている。繰り返し聴いているが、ときどき泣けて来るんだよね。今日もレオン・ラッセルの「This Masquerade」を聴いていたら、涙ぐんでしまった。クールなおれとしてはちょっと恥ずかしいのだが、曲の世界に浸っちゃうわけさ。泣けるような曲じゃないんだけどね。昔のことを思い出すからかな。
好きな曲は、とても大切なもの。そしてその曲を大切に思う自分の記憶というか思い出も、かけがえのない宝物。それが、自分が今まで生きて来たという証にほかならないからだ。

だれの短編小説だったか。これからプロポーズをしようと、彼女の家に行く青年の話を思い出した。
緊張しすぎたのか、青年は早く来すぎてしまう。そこで、彼女の家の前の公園で時間をつぶすことに。昨夜は眠れなかったのか、プロポーズの練習しているうちにベンチでうたた寝をしてしまう。しばらくして、ハッと目を覚ます青年。あわてて彼女の家に走り、緊張しながら玄関のチャイムを押すんだね。するとドアが開き、美しい彼女が出て来る。青年は練習に練習を重ねたプロポーズをするのだが、彼女は悲しそうな顔をして家の中に入ってしまう。家の中から「また私を死んだおばあちゃんと間違えてる」という彼女の声。再び彼女が出て来て、「さあ、おじいちゃん、外は寒いから中に入りましょうね」とやさしく青年を招き入れる。
これは、青年の一人称の小説。彼女と思った相手は、実は自分の孫娘だったんだね。青年、いや老人かな。彼は自分がヨボヨボの老人であること知り、愕然とする。夢にまで見た彼女との楽しく幸せなはずの数十年間の記憶が欠落していることに愕然とするんだね。
やりきれないような、なんとも切ない話だった。浦島太郎的な話だが、まったくあり得なくもないしね。

それから、こんな話もある。映画「トワイライトゾーン/超次元の体験」(1983)の第2話「KICK THE CAN」。小さな老人ホームでの話だ。
ある日、ブルームという名の老人が入所して来る。ブルーム老人は銀色の缶を取り出し、みんなにこう言うんだ。子供の頃のように缶蹴りをしよう。そうすれば、昔のような希望や喜びが取り戻せるかもしれない。そして深夜、ブルームに起こされた老人たちは庭で子供に返って缶蹴りをする。すると、あら不思議。老人たちはいつの間にか10才前後子供に‥。ある子は元気はつらつ。2階の窓から奇声を発しながら闇夜に消えて行く。それを、缶蹴りをバカにして参加しなかった老人が、「わしも連れて行ってくれ」と泣きながら哀願する。それから、少年少女に戻った夫婦もいた。少女は指から抜け落ちた指輪を手の平に乗せ、「指輪がはめられないの。お願い、私たちをもとに戻して」と、ブルーム老人に頼むんだね。その願いはすぐかなえられて、元の老夫婦に‥。
指から抜け落ちた指輪。自分たちの幸せだった過去が、手の平の砂のように指の間からすっと消え去るような気がしたのだろう。というか、自分たちの大切な過去の思い出を否定してしまうような気がしたのだろう。
彼女の気持ち、なんとなくわかるような気がするよね。

おれの女房は、婚約指輪も結婚指輪も持っていない。たぶん指輪と名の付くものはひとつも持っていないはず。「お前がやらなかったからでしょ」と突っ込まれると、返す言葉がないのだが‥(汗)。まあ不肖林安直、不徳の致すところだ‥。
今からでも遅くないかな(汗)。


明日は娘(高1)の16才の誕生日。おれからのプレゼントは、嵐のファンクラブの年会費(4000円かな)ということに(汗)。昨日は娘の高校の卒業式だった。卒業生の女子のほとんどは袴姿だったとか。娘は再来年の自分の袴姿を想像して、早くもうっとり。
そういえば、女房の誕生日は12月の10日だったはず。なにをどうしたんだっけ?まったく思い出せない。してみると、いつものごとく無事通過だったのだろう(汗)。
冷たいと思うかもしれないが、それはまったくの誤解。自分で言うのもなんだが、おれほどの愛妻家はいないのでは。なぜなら、おれは毎日愛をささやいているのだから。この年で、かなり恥ずかしい(汗)。
先月くらいからか、こういう会話が多い。特に寝る前は。
おれ「美女よりお前がいい。ほんと」
女房「なにそれ。美女でなくて悪かったわね」
おれ「やっぱ、お前しかいないよね」
女房「そう自分言い聞かせてるの?」
おれ「大奥よりお前がいい。ほんと」
女房「なにそれ。意味、わかんない」

愛を伝えるのは、なかなかむずかしいものだ。きっと、おれって、不器用なんだね(汗)。
11.3.3


 実力のうち

「入試問題のネット投稿」がニュースになっている。「厳正かつ公正であるべき入試制度の根幹を揺るがす重大事件」とか。

ラーメンを食べながら昼時のテレビを見ていたら、中国の入試不正事情をやっていた。中国のネット上では多種多様なハイテク機器のカンニンググッズが公然と売られているし、日本のセンター試験にあたる問題(今年6月の試験)の解答が既に売り(かなり高価)に出ているらしい。なんでもアリで、とにかくすごい。
地獄の沙汰もなんとやら。金さえあればどうにかなるし、金のためならなんでもやるのだろう。もちろんそういう人は一部だろうが、なんせ中国には13億もの人間がいるんだからねえ。

「学校なんか、実力で入れよ」と思うよね。でも、ところがところだ。中国には、「金持ちの家に生まれるのも実力のうち」という考えがあるのだという。すごいねえ、中国。感心したぞ。メチャクチャな論理だが、実力のないおれとしては、「そうかも」と、なんとなくどことなく頷いてしまうんだよね(汗)。

「実力のない」人間は、やはり地道な努力しかないということだろう(笑)。

写真は、玄関先のワビスケ。
11.3.1


 このごろ



今日は雨だが、このところ暖かい日が続いている。近くの川に居着いたハクチョウも、いつの間にかいなくなってしまった。北に旅立ったのだろう。
庭のフキノトウも大きくなった。どうしたものかと迷ったが、すべて収穫した。で、ふき味噌に。にがさが口いっぱいに広がり、大満足。春の味覚だねえ。フキノトウに限らず、ワラビとかタラの芽とかウドなんかは、お金を払って買う気にならない。自分で採るか、あるいはもらうかだ。

こんな1週間だった。
21日(月) アルバム作り。午後、建設会社に納品。
22日(火) 千曲市で現場打ち合わせ。設計事務所に納品。
23日(水) 中野市で住宅(内部のみ)の撮影。
24日(木) 千曲市で保育園(内部のみ)の撮影。
25日(金) 引き続き保育園の撮影。
26日(土) 松本市で雑誌の撮影。
27日(日) 岐阜県の揖斐川町で住宅の撮影。


娘は、テストの最終日。眠い顔をして家を出た。息子は、今日が終業式。なにごとにも自由な学校なので、終業式も自由参加とか。とはいっても部活があるので、8時過ぎに学校へ。
もうすぐ長い春休みが始まる。
11.2.28


 サルビアの花



今日は、家にこもって一日中プリント。快晴で暖かい日だったのにねえ。かなりもったいない。でも、無事終了。よかったよかった。

テスト間近の娘は、一日中図書館。テスト中の息子は、友人5人と一日中我が家で勉強。とにかくにぎやかだった。。



朝日新聞を購読しているが、土曜日のbeに「うたの旅人」という連載がある。これが、なかなかおもしろい。昨年の秋だったか、「サルビアの花」を取り上げていた。

早川義夫のこの曲をカバーしたのが、女子大生グループもとまろ。1972年のことだ。でも曲がヒットしたときは、すでに早川義夫は音楽活動をやめていたし、もとまろも解散していた。このあたりのエピソードも、興味深く読んだ。さらに、もとまろのメンバーであったK子さんの30年後の話がおもしろかった。どういう話かというと、逆の立場の早川義夫のブログでどうぞ。

このK子さん、今は長野県在住とあった。さらに職場が書いてあった。「あらららっ」と、驚いたね。なんのことはない。以前撮影でお世話になったひとだったからだ。あのひと、もとまろのメンバーだったんだ。ちっとも知らなかった。そうだよねえ。「元もとまろのメンバー」なんて、名刺に書くわけないしね。

「サルビアの花」はもとまろの歌と思っているひとが少なくないのでは。実は、おれもそのひとり。早川義夫という名前は、ずいぶん後に知った。


「うたの旅人」では、サトウハチローの「ちいさい秋みつけた」もおもしろかった。トップの写真は、都内のある公園。赤く紅葉した木がぽつんと立っているもの。サトウハチロー邸の庭から移したハゼの木である。そう。「ちいさい秋みつけた」に出てくるハゼの木である。
「ちいさい秋みつけた」という曲は、NHKラジオで1回(1955年)しか流れなかった。たまたまそれを聞いて感激したひとがいた。キングレコードの長田さんである。でも、「すぐにレコード化」というわけにはいかなかったんだね。サトウハチローは、ライバル社のコロンビアの専属だったからだ。その専属契約が切れた1962年、長田さんはサトウハチローにレコード化の話を持ちかけた。サトウハチローは、この詩をほとんど忘れていたらしい。
ひとつの曲にも、いろいろあるもんだね。それにしても、「ちいさい秋みつけた」はすばらしい歌詞だと思う。つくづく感心。

これはちょっとジャジーな曲。関係ないが、ベースが6弦だね。
11.2.19


 八百長相撲



筋書きがあっても、おもしろいものはおもしろい。勧善懲悪の話なんか、そのいい例だ。悪者がのさばるが、最後は正義が勝つんだよね。それでいいのだ。それでないと、話がおさまらない。でも、主人公が悪者の場合は、ちょいと微妙だが‥。

ときどき大相撲の千秋楽を見る。たとえば、7勝7敗と9勝5敗の力士との対戦。9勝5敗の力士に「おい、負けてやれよ」なんて、おれなんかつい言ってしまう。まあたいていは、7勝7敗の力士が勝つんだけどね(笑)。困るのが、7勝7敗同士の対戦。どちらを応援したらいいやら(汗)。そういうおれって、どこかおかしいのかな。でもさ。人間って、心のどこかにそういうところがあるんだと思う。

春夏の全国高校野球大会もときどき見る。野球は、9回の裏まで勝負はわかない。だからだね。「筋書きのないドラマ」だという。名言だね。
野球とはぜんぜん関係ないが、プロレスファンに言わせると、プロレスは「筋書きのあるドラマ」だとか。貶しているのではなく、愛着を込めての話だ。ううん、わかるようなわからないような‥。

おれは、野球もプロレスもほとんど興味がない。というか、スポーツ全般に興味がない。運動が苦手ということが、もともとのそもそもの始まりかも(汗)。でもまあ、おれって健康的なことはあまり好きじゃないんだよね。どちらかというと、不健康志向。運動嫌いで、酒好きで、とにかく不摂生。栄養とか糖分とかコレステロールとか、そういうものには一切関心がない。自分で言うのもなんだが、困ったものだ(汗)。

今回の相撲の八百長問題は、おれなんか笑ってしまう。「今さらなんだよ」という感じ。突然、建前論が最前線に出るんだもんなあ。なんか、おかしくっておかしくって。
どうだろうか、いっそのことルールを変更にしては。堅いことは言わず、八百長ありに。いいと思うんだけどなあ。なんせ、国技だもん。プロレスじゃないが、筋書きはあってもなくても、おもしろいものはおもしろいのだ。

写真は、居間に飾ってある浮世絵(部分)。ずっと前、ヤフオクでゲットしたもの。

国際化の時代。路線を変えるのも一案かも。キーワードは、やはりSEXY。ということで、人気のCM。もちろん、SUMO普及のプレゼン用の映像ではありません(笑)。
11.2.17


 キルゴア中佐、サイコー

「でも、あそこは6フィートのドデカイ波が来ます」
「なぜそれを早く言わん!よし、そこを攻めよう」

フランシス・コッポラ渾身の力作「地獄の黙示録」に登場するビル・キルゴア中佐(写真)。部下が有名なサーファーだと知り、がぜん張り切る。
曰く。さっさと攻撃して、サーフィンをしようぜ。

キルゴア中佐、映画の中では20分ほどしか出ないが、その印象は強烈だ。
未明、ヘリに乗り込む兵士たち。向かうはベトコンの前哨基地。騎兵隊の格好をした兵士の突撃ラッパ。それだけでも中佐の趣味がわかろうってえもんだ。そして次々に基地を飛び立つヘリ。朝日を受けながら進むヘリ部隊。

攻撃地の少し手前で、音楽スタート。曲は、ヒットラーが愛したワーグナーの「ワルキューレの騎行」。これがすごい。狂気のシーンにピッタンコなのだ。音楽ガンガン、機銃もバリバリバリ、立ち上がる黒煙。中佐は絶好調。敵の砲台を撃破するや、「ビール1ケースの奢りだ!」と上機嫌。盛り上がるねえ。でも気になるのは、下に見える波。
このキルゴア中佐、沈着冷静なところもある。ヘリの中に撃ち込まれた照明弾に皆パニクるが、中佐はまったく動じない。「ただの照明弾だ。心配ない」と、乗員を落ち着かせる。なんとも頼もしい。地上に降りてもそう。銃弾が雨あられと飛び交っても、爆弾が近くで炸裂しようが、まったく平然平気。このあたりも、なんかすごいねえ。
海では、サーファーがふたり。楽しんでいるのではなく、中佐に無理矢理やらされているのだ。敵の攻撃が衰えないので、中佐は爆撃を要請。やって来た数機の戦闘機はジャングルの中にナパーム弾をぶち込むんだね。そのガソリンの匂いにウットリする中佐。曰く。朝に嗅ぐナパームの匂いは最高だ。どうみてもまともではない。この中佐だけではない。どいつもこいつもまともじゃない。

キルゴア中佐を主人公にした映画を作ってほしかった。そうだなあ、「博士の異常な愛情」のようなやつ。

ヘリの中。タマをやられないようにと、ヘルメットを尻の下に置くシーンがある。気持ちはよくわかる(笑)。
11.2.13


 歌謡曲大会

いつもは6時半には起きるのだが、今朝は9時過ぎまでベッドの中。のそのそ起き出して、台所へ。女房がまだ起きないからだ(涙)。ダイコンをおろし、大きなホッケを焼き、みそ汁を作って、朝食の用意完了。おれと子供たちとで遅い朝食。女房は相変わらず布団の中だった(涙)。娘はというと、食べながら映画「GANTZ」の下調べ。テストなどがあり、日程的に見に行けるかどうか真剣に心配しているのだ。息子は、食事中もひたすら勉強。17日から5日間の後期試験があるためだ。今回は試験科目が多く、なんか大変そう。

おれは、市内で昼と夕ちょこっと仕事。女房は、午後市内でなにかの集まり。息子は、近所の友人宅で勉強。娘は、午後部活。

夕食は、みそ汁と焼きそば。我が家のみそ汁は、とにかく具たくさん。野菜をどんどん入れるので、まるで煮物のよう。みそ汁のだしは、煮干しに限るね。

さきほどから、YouTubeでひとり懐メロ(邦楽)大会。思い出まくら思い出のセレナーデ再会ともしび白い色は恋人の色愛と風のように冬のサナトリウムサルビアの花花と小父さん、等々、等々。まるで歌謡曲大会。1時間も聴いていたら、もう十分という感じになった。

しばらくは、邦楽はいいや。
11.2.12


 このごろ

今日2月2日は、旧暦の12月30日とか。明日3日は、旧暦の元旦にして節分だね。で、明後日の4日は立春。早く暖かくなってもらいたいものだ。

おれは、相も変わらずというところ。
ふと思ったこと、ふと思い出したことは、以下の通り。

○年号が変わっていなければ、今年は昭和86年とか。なんかすごいね。○暖炉で燃す薪が終わってしまった。入手先を考えよう。○正月太りのまま、今に至っている。なんとかしなくては。○春になったらコンデジを買おう。今度はソニーにしてみようかな。○今年になっていちども飲みに行ってない。寒いと、どうもねえ。○息子が四輪免許を取ることに。11月生まれで、夏休みに取れなかったためだ。○このところよく魚を食べる。どの魚もおいしい。○近くの犀川で3羽のハクチョウを見た。この辺りでは珍しい。○部活で忙しい娘曰く。なにかいい内職はないだろうか。○冬の乾燥のせいか、体のあちこちがかゆい。けっこうつらい。○ときどき外の雪の中で缶ビールを冷やす。よく冷えておいしい。

写真は、我が家のアロエ。もらいものなんだよね。地植えするわけにもいかず、ちょっと持て余し気味。
11.2.2


 年賀状



元旦の今日、ようやく年賀状作り。写真をささっと選んで、文章をささっと考えて、ささっとプリントして、ささっと宛名書き。ざっと2時間で完了。そいつを近くの郵便局ではなく、車で10分の長野中央郵便局に持ち込んだ。早く届きそうだからだ。このへんがなんともこざかしい。早い時期に出せばいいのにねえ。他人事のようだが、いったいどういう性格をしてるんだろうか(汗)。

女房も子供も、まだ1枚の年賀状も書いていない。まあ、どういう家族なんだろうねえ。そろいもそろって、だらしない(汗)。

いつものことだが、年賀状らしからぬ年賀状だ。表に一言二言書くんだけどね。
11.1.1


 奉納額

昨日は上田城跡公園内(上田市)での仕事。早く終わったので、近くにあった奉納額(真田神社)を眺めた。おもしろいね、いろいろあって。



拝殿に掲げられた額。剣道の上達祈願というよりは、伊藤長三なる剣道の先生を顕彰したものだろう。門弟の名前が続き、最後に外貳千壹百人とある。学校とか警察で教えていたのかもしれない。伊藤長三は神道無念流篠原邦人の門人にして、小野派一刀流高野佐三郎の随身であり、剣道教士と名乗っている。
篠原邦人という名は検索しても出て来ないが、高野佐三郎は昭和の剣聖といわれた大先生である。厳しい稽古により、向かうところ敵なし。若くして「秩父の小天狗」と呼ばれたとか。しかし、剣術大会(明治12年)で安中藩剣術師範岡田定五郎に破れてしまう。その日から血の出るような猛稽古。やがて剣道界の第一人者となり、多くの門人を育てた。荒稽古のため指が太くなりすぎて、箸がうまく持てなかったとか。
伊藤長三祐秋とは、それらしい立派な名前だ。この祐秋は、だれに付けてもらうんだろう。自分で付けるのかな。どうなんだろう。



上の額は拝殿の中にあるもの。奉納されたのは、明治21年。こちらは、居合、棍棒、捕手(とりて)の三流である。道具の実物が並び、なかなかかっこいい。免許の巻物もいいね。
形の違う十手がもう1本あったのか?それとも十手以外のものがあったのか?ちょっと気になってしまう。たぶん盗まれたんだね。
志真古流捕手とか阪田流兵法棍棒なるものは、今もどこかに伝わっているのだろうか。

今年も余すところ今日を入れて3日。そろそろ年賀状を書かなくては。どんなのにしようかな。年内には出したいものだ。
10.12.29

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