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 マムシ

今朝の気温はマイナス2度。寒かったが、ウグイスの声を初めて聞いた。例年通り、向かいのKさんとこの広い庭からだ。3月に聞くのは、ここに越して来て初めてかも。それにしてもいい声だ。なんとなくうれしくなる。

昼過ぎ、堤防下の歩道を東(犀川下流)に行くコースを歩いた。晴れてはいたが、やはり3月。川面を飛ぶイワツバメが、なんとも寒そうだった。丹波島橋の下を潜り、さらに東へ。長野大橋の手前まで歩いた。25分くらい歩いただろうか。
あるものを見つけて、歩道からそれてヨシの茂みに分け入った。ヨシキリの巣だ。ご覧の通り、ヨシキリはススキとかヨシの茎に巣作りをする。カヤネズミの巣もそうだが、最初はどうやって作るんだろうか。とても不思議。まるで揺りかごだね。


その近くにあったのが、「まむし注意」の看板。数年前からあるもので、これまたどうしたことか。たぶん、たまたま1匹が上流の山から流れ着いたのだと思うんだよね。もういないとは思うけど、確実にいないという保証はどこにもない。今は平気だが、暖かい時期ならやはり怖い。マムシに噛まれた人を見たことがあるからだ。
おれはけっこう山に行くが、あまりマムシを見たことがない。考えたら、見たのは3回ほどかな。マムシはずんぐりしているが、アオダイショウのような大きなヘビではない。山に行く人は、マムシの独特の模様を覚えておくべきだろう。

おれのおやじは、3度ほどマムシを生け捕りにして来た。そいつをビンに入れて、焼酎漬けにしたのだ。酒を一滴も飲めないおやじは、そいつをどうしたんだろう。だれかにあげたのかな。それはまあいいんだけど、おれのおじさん(おやじの弟)に物好きなのがいてね。そのおじさんが生きたマムシを東京の自宅に持って帰ったのだ。兄が兄なら、弟も弟だ。しばらく飼ったらしいが、さすがに飼うのをあきらめた。想像するに、奥さんが反対したのでは。無理もない。家には小学生の子供が2人もいたのだから。結局、山奥に逃がしてやったとか。そのおじさんは建築の設計士。なもんで、「設計士というのは変な人が多い」と、ずっと信じていた。

今日は午後から曇り。そして、雪がちらほら。夕方になると、「ひょっとしたら積もるかも」というような雪。そうやすやすとは春にはならないものだ。
09.03.26


 太陽が二つ

彼岸の頃、小坂観音院(岡谷市)でこういう光景を目にすることができる。天気が良ければだが。
八ヶ岳から昇った太陽が諏訪湖の水面に反射し、太陽が二つ見える。そしてそのお日様の光は表門からまっすぐ入り、本堂中央に安置されている十一面観世音を赤く照らす。まあ現象というよりは、その昔そういう設計をしたのだろう。

で、今朝の4時、お茶だけ飲んで家を出た。行き先は、もちろん岡谷の小坂観音院。春休み中ということで、中2の娘が同行した。5時45分、観音院着。気温はマイナス3度。暗い中、機材を持って参道をえっこらえっこら。いやあ、寒かった。

近所の方だろうか。20人ほどが、その瞬間を今か今かと待っていた。6時11分の日の出。直後は、水面に光の筋ができるだけ。お日様が二つに見えるのは、もう少し後のことだ。本堂と表門の延長線上にお日様が来るのは、6時35分前後だった。
今日は快晴で申し分なかったが、ちょいと風が。この風がいけなかった。明鏡止水という言葉ではないが、波があると太陽が丸く映らないのだ。がっかり。完璧な写真は撮れなかったが、PCで太陽を少し強調した。
写真は、絵ハガキなんかを使うらしい。今年は、何度か観音院に通わなくては。

小坂観音院に限らず、春分の日にこうなるとか、冬至の日にああなるとかいう神社やお寺は珍しくない。たとえば、善光寺の仁王像。像は奥まったところに立っているので、顔に日が当たることはない。が、冬至の朝、西側の「阿」の像に一瞬だけ光が当たる。そして夕方になると、東の「吽」の像が一瞬光を浴びる。これがために、善光寺では阿形像と吽形像を左右逆に配置したとのこと。
レイラインという言葉があるが、その多くは春分の日や秋分の日、冬至、夏至といった日の太陽に関係しているとか。調べてみると、なかなかおもしろい。
一般住宅でも、なにかできないものだろうか。たとえば、春分の日の早朝、この窓から入った光があの鏡に反射して、特定の絵とか神棚を照らすとか。おもしろいと思うんだけどなあ。

帰路は、和田峠コース。峠近くで黒曜石を拾って、娘に見せてあげた。品質はというと、透明感がイマイチのB級品。
黒曜石は、石器の材料として重宝それた。割れた断面は貝殻状で、破片はガラスとそっくり。とにかくきれいな石だ。
この峠ではザクロ石(ガーネットの結晶)も拾えるぞ。雨上がりが狙い目らしいが、おれはまだ見つけたことがない。残念。

長和町から丸子へ。途中、宝蔵寺に立ち寄り、しばし休憩。そして上田を経由して昼前には帰宅。ああ、疲れた。
09.03.21


 ブランド薬師

今日は暖かいというより、かなり暑かった。半袖の人もいたほどだ。4月下旬の暖かさとか。丹波島橋を通るとき、上空をキョロキョロ。残念ながらイワツバメを確認できなかったが、そろそろ来てもいい時期だ。
昼前、ちょっと時間が空いたので、浅川の「ブランド薬師」に行ってみた。25年振りかな。


長野市の北部に薬山(くすりやま)というのがあって、その中腹の崖に「ブランド薬師」と呼ばれるお堂がある。真光寺ループ橋のちょうど西側だ。宝物は、なんとルイ・ヴィトンのバッグ。というのは、ウソ、ウソ。
なら、ブランド薬師の「ブランド」とはいったいなんぞや?
いろんな説があるらしいが、お堂に入ると、人の重さで建物がブランブランと揺れたとか。で、ブラン堂と呼ばれたらしい。実際に揺れてもおかしくないような崖に建っているし、建物が揺れないまでも、気の弱い人はめまいを起こすに違いない。
「ブランド薬師」という名に定着したのは、江戸時代の末頃だという。古い地図や記録にも、「ぶらんど」ではなく「ブランド」とカタカナで記されている。

登山口の入り口からお堂までは20分ほど。鳥居があるので、「ブランド薬師」は神社である。名前は八櫛神社。なんでも少彦名神をまつってあるとか。昔は、薬師如来をまつる薬師堂だったはず。神仏混淆か、あるいは廃仏毀釈というやつだな。
それにしても、薬師堂が八櫛神社とは、単なるダジャレだ(笑)。こういう例は、あちこちにあるみたい。


この手の建物は、県内では小諸の布引き観音のほうが有名だし、スケールもかなり違う。でも、ブランド薬師も怖いぞ。スケールは小さいんだけど、建物がぼろくて信頼感がないんだね。床のあちこちの隙間から下が見えるし。なんかちょっとしたことで、倒れてしまいそう。気の小さいおれは、かなり怖かった(笑)。
写真からは、イマイチ怖さが伝わって来ないなあ。下から見上げればよかったのかな。手すりを入れた俯瞰を撮ればよかったのかな。
09.03.18


 大海を知って

落語の「鰻の幇間(たいこ)」は、何回聞いてもいい。でも、ちょっと悲しい話。なんとなくしみじみとしてしまう。「王子の狐」と、ほんの少し似ている。母狐同様、幇間の一八に同情してしまうんだよね。このご時世だから、なおさらだ。

古今亭志ん生の話。
関東大震地震の直後、志ん生は真っ先に酒屋に飛び込んだ。「いやね、大事なものを運び出そうと思ってね。ああいうときほど、人助けをしなくちゃいけない」と弁解したとか。が、実のところは、どさくさにまぎれてただ酒を飲もうという魂胆だったらしい。人のことはどうこう言えないが、まったくにもって酒飲みには困ったものだ(汗)。
志ん生は長屋住まいで、絵に描いたような貧乏暮らし(「びんぼう自慢」という自伝があるほど)だった。奥さんが内職をして家計を支えたとか。これは志ん生の有名な言葉。
       貧乏ってえのは、するもんじゃないよ。
       貧乏ってえのは、しみじみ味わうもんだ。
なるほどねえ。わかるような、わからないような。おれには、とてもとても達観できる境地ではない。
が、おれは自分なりに、分相応に、細々と生きている。自分の器も知っているし、自分の力量もよくわかっている。大それたことは考えなかったし、努力もしなかった。振り返ると、それがいけなかったのかな。目標もなく、向上心もなく、ただ目先のことだけを心配して生きて来た。それがいいとは思わなかったが、ただなんとはなしに時間が過ぎて行き、10年30年50年と経ってしまった。
あんまり反省はしてないけどね。「まあ、こんなもんかな」という感じ。
       大海を知って 蛙 井に戻り
       敵を知り 己を知って 戦わず
おれにぴったりの川柳だ。


さてと。そろそろ「確定申告」でもやるか。税務署から送られて来た申告書類は、未開封のまま。明日には行かなくては。いつものことだが、最終日に行くなんざあ、それだけでも人間の性格がわかろうってえもんだ(汗)。
09.03.15


 男の甲斐性

音楽に飽きたら、落語を聞いている。CDは40枚ほどしかないが、おもしろいものは何回聞いても同じところで笑ってしまう。いいものは、いつもいい。これは真理だ。

「美人は、3日で飽きる」という言葉あるが、ホントかいなと思う。というより、とても信じられない。もし信じている男がいるとすれば、よほどモテないか、よほどのバカだ。その言葉は、美人とはまったく縁のない男が自分を納得させるための見え透いた呪文に違いない。

美人と結婚した友人が何人かいる。そいつに聞いたことがある。
お れ「美人は3日で飽きるっていうけど、どう?」
友人A「すぐ飽きたさ。だって、美人じゃないもの」
お れ「ばかやろう」

お れ「美人は3日で飽きるっていうけど、どう?」
友人B「どうって。お前んとこの奥さんのほうが美人だろが」
お れ「ばかやろう」

昔、ドリフターズのコントでこんなのがあった。
  いかりや長介が、だれかを待ってる風の仲本工事とデパートで偶然会う。
  いかりや長介は会社の役員でお金持ち風、一方の仲本工事は平の貧乏人という設定。
  いかりや長介が葉巻をくわえ、見下して一言。
長介「男の甲斐性でしょ」
  返す言葉がなく、しょんぼりする工事。そこへ超美人が現れ、
美人「あなた、お待たせ」
  工事夫妻は頭を下げ、幸せそうに去る。
  ポカンと口を開けて見送る長介。そこへ高木ブー扮する太めの女が現れ、
ブー「あなた、お待たせ」

笑うに笑えないコントだった。わかるよね。
09.03.13


 大切なもの



美術品の収集には、まったく興味はない。でも、美術品は嫌いじゃない。
おれの持っている陶器類の中でいちばん好きなのが、上の写真の皿。20年くらい前、べにや民芸店(小諸市)で買ったものだ。大きさは直径20cm弱。作家の名前は、残念ながら忘れてしまった。値段は2000円か3000円くらいだったような。もちろん美術品ではない。普段使いの実用品なのだが、もったいなくて一度も使ったことがない。どこがいいか口では言えないが、ときおり手に取り眺めている。

家の玄関の壁に飾ってあるのが、芥川龍之介の扁額。横幅は1.2mほど。お気に入りの作品(真贋は不明)だ。なかなかいいでしょ。我が家に昔からあるもので、これだけは本物であってほしいと思っている。
ほかに佐久間象山の軸が3本ほどあるが、これまた真贋は不明。

居間には浮世絵が2点飾ってある。ひとつは、栄泉の美人画。もうひとつは、豊国の相撲絵。寝室には、娘が小学校のときに描いた自画像。トイレには、木彫が1点。好きな水彩画などが数点あるが、しまい込んだままだ。
考えたら、写真屋なのに写真が飾ってない。別に意識している訳じゃないんだけど。
09.03.09


 長野に飛来したトキ



朝外を見ると、とてもいい天気。簡単な仕事を済ませてから、木島平村へ。新潟から飛んで来たトキを見るためだ。

途中のパン屋(小布施町)でおいしそうなカレーパン、ウィンナーピザパンなどを買い、景色を見ながら北上。飯山市から綱切橋(千曲川)を渡って村に入った。しかし困った。見渡すと、やはり広い。さて、トキはどこにいるのやら。そもそもまだ木島平村にいるのかな。翼のある鳥のこと。昨日いたからといって、今日もいるとは限らない。
が、心配はいらなかった。村に入って20分後、それらしい人だかりを発見。ラッキー。車を適当なところに置き、急いで現場へ。診療所近くの田んぼの中。見物人の視線の先を見ると、トキがいました。距離は70mほど。500mmのレンズではちょっと苦しい距離。800mmはほしいところだ。上の写真は、かなりトリミングしている。レンズは500mmのレフレックス。カメラはD700、ISO2200、1/3000、f8というデータ。

トキは水の中にあの曲がったくちばしを入れ、なにかを探している様子。見ている間に何匹ものドジョウをゲットしていた。5分ほどすると、トキは田と田の間の低いところに隠れてしまった。で、いつまでたっても出てこない。
おれはヒマになり、横の撮影中のオヤジに声をかけた。それ(望遠レンズ)、何ミリだい?この質問がいけなかった。オヤジは待ってましたとばかりに、カメラのことレンズのことなどをしゃべり始めた。20分間のオヤジのカメラ講義、これがけっこうおもしろかった。

見物人の大半は村の人。それも入れ替わり立ち替わり。話題の少ない村では、大事件なのだろう。そのうち、交通整理のおまわりさんがブツブツ言いながらやって来た。「なんだい?」と聞くと、「神戸ナンバーのハリアーの方、いますか」とのこと。おれの車じゃなくてよかった。それにしても、わざわざ兵庫からここにきたのだろうか。見渡すと、おれのカメラの何倍も高いカメラにおれのレンズの何十倍も高い超望遠レンズの人がいた。服は上下とも迷彩色。気持はわかるが、かなり目立っていた。(笑)

これは、そばにいたおじいさんの会話。
この村にもトキがいたって、うちのじいさんから聞いたことがある。そのじいさんかえ、ずっと昔に死んださ。いつの話だって。大正の終わり頃だわね。
とにかくいろんな人がいた。トキについて講釈する人、昨日の様子を事細かに話す人など。いやあ、おもしろかった。


トキの顔って、どうもアンバランス。くちばしも変だけど、赤い顔がどうもしっくりこない。もっと変なのが目。なんとなくコンドルの目に似ているような。どう見ても、かわいくない。時間の都合で見れなかったけど、やはり飛んでいる姿がいいのかな。


学生時代、神田の古本屋で買った「写真集トキ」(1971年、新潟日報社刊)という本を持っている。トキの写真集としては、唯一のものかも。少しは高く売れるかな。
おれの子供の頃は、トキは新潟県のあちこちにいた。石川県能登にもいたはずだ。それにしても長野でトキを見るなんて、夢にも思わなかった。

今回の騒動でいちばんおもしろかったのは、「いろいろご迷惑をお掛けしております」という佐渡市長のコメント。これには笑った。市長は、ドジョウの差し入れを考えているとか。

今月の8日の朝、トキは新潟の十日町市に行ってしまった。これで、長野では一件落着。

09.03.05


 ホームページ

住宅の撮影の際、施主にこんなことを聞く。
どうして○○設計に頼んだの?あるいは、どうして○○工務店に決めたの?
返って来る言葉はいろいろで、おもしろい。「友人、知人、親類の紹介」とか「雑誌を見て」というのが多いが、「ネットで検索して」という答えも少なくない。そういう時代なんだね。「紹介」の人も「雑誌」の人も、ホームページで詳しくチェックすることは言うまでもない。

こちらから出向いて直に話すのがいちばんいいのだが、施主にすればなんせ敷居が高い。(ほんとは敷居なんかないんだけどね)  情報集めは、やはりホームページに頼ることになる。ドアを叩くのは、ずいぶん後の話だ。

仕事柄、いろんな工務店や設計事務所のホームページを見る。偉そうに言うわけじゃないが、昔に比べると、見やすくて好感の持てるものが多い。でも、残念なサイトも少なくない。いつももったいないなあと思う。こんなんじゃ、目の前の客をみすみす逃がしてる。なんてね。
このサイト(なんとかしようと思っている)もそうだけど、トウシロウの手作りサイト。これが自己満足的でいけない。山ほどもいる同業者のサイトに完全に負けているからだ。簡潔にして、センスと信頼感がすぐ伝わって来るサイトがいい。ハンドメイド的アットホーム的な路線は個人サイトならいざ知らず、かなりむずかしいぞ。長い文章もだめ。見る人は、まず読まないからだ。ホームページは目で見るもの。写真屋だから言うわけじゃないが、大事なのはやはり写真。下手な写真は、載せないほうがまし。とは言わないが、かなり印象が悪い。見る人は、そこそこ目が肥えているからだ。まあお見合い写真みたいなものかも。
お金のかかる有効な宣伝はたくさんあるが、ホームページはあまりお金がかからない。でも、その効果は想像以上だと思う。いいサイトには客が集まる。これは事実だ。

しかし凝りに凝ったサイトは、ときに疲れてしまう。最初にイメージの動画が始まったりすると、気の短いおれなんかイライラしてしまう。右下あたりに「skip」という表示を見ると、「なんだ、わかってんじゃないの」とつっこんだりする。

それから、顔写真も大切だ。どんな人だろう?どんな事務所だろう?どんな会社だろう?つまり、「信頼できるのかな」という問いに答えてくれるからだ。顔写真をおろそかにしてはいけないぞ。1枚だけでは、伝わり方が弱い。事務風景、客との応対風景、現場での仕事風景など、3枚4枚と載せる。家族の写真を入れてもいい。やはり「顔」が見えないと、施主にすればとても不安なのだ。
また、過去の客の写真も絶対必要。多ければ多いほどいい。できれば、家族団らんの写真がベスト。一緒に写ってもいい。それが実績であり、信頼感につながる。

おれは某プレハブメーカーの写真も撮っている。で、やはり同じ質問をしている。返事は、決まってこうだ。営業の○○さんが信頼できたから。
最初は、びっくりした。まあテレビや新聞などで名の知れた全国的な大企業ということもあるんだろうが、なんの権限もない20代の営業マン。悪く言うつもりはないが、分厚い営業マニュアルを頭に叩き込んだ営業マンである。何年かしたら他の営業所に行ってしまうような営業マンである。
おれは最初、「おいおい」と思った。でも人間というのは、「信頼できる(ような気がする)」ということが、なにより大事なんだね。
09.03.04


 好きな言葉

道という道はすべて天竺に通ず
されば悟空よ でたらめに行け

西遊記の一節。おれの好きな言葉だ。
それなりの人は、紆余曲折遅い早いがあっても、やがては天竺に行けるのだと思う。かりに天竺を目指さなくても、それなりの人はしまいには天竺に行き着いてしまうのだと思う。

でも、それなりの人じゃない人。たとえば、このおれだ。天竺なんか、遠い遠い遥か向こうの世界。でたらめに行って、右往左往。同じ過ちを何度も何度も繰り返し、ちっとも進まずに年を取っている。

朝、寝ぼけたまま鏡に向かうと、二日酔いの疲れた顔のオヤジがこっちを見ている。ああ、あれがおれか‥。しっかりしなくちゃなあ。
さわやかさなど微塵もない、いつもの朝の光景だ。朝から落ち込む今日この頃。
09.03.03


 作品のサイズ

ときどき絵画展に足を運ぶ。
たいがいはこんな感じだ。まず中に入ろうとすると、受付の人に呼び止めらる。で、芳名帳に住所と名前を書くのだが、たまに縦書きで毛筆のような筆ペンだったりする。字が下手なこともあり、かなり恥ずかしい思いをする。たいがいは立ち止まらずにゆっくり歩きながら見る。まあ2分もあれば見終わってしまう。すぐ出るのも失礼なような気がして、どうしたものかとぼんやりしていると、声をかけらる。さらに、感想を聞かれたりする。まずい、すぐ出ればよかった。と、反省したりする。なんせ絵心がないもんで。(汗)

芸術的なことは置いといて、気になるのが絵の大きさ。60号とか100号とかのバカでかい絵が並んでいるからだ。どうしてみんな大きいんだろう。見栄えの問題なのかな。公募展の習慣なのかな。とにかく不思議でならない。大きい絵を大作と呼ぶらしい。大作と傑作を混同しているとは思わないが、変な習慣だと思う。

もちろん写真展でも大きなサイズを並べることが多い。そして、大きな写真の迫力に圧倒されることもある。でもだ。これはおれだけだろうが、大きな絵というものがどうしても好きになれない。偏見を持っているのかな。絵の鑑賞眼のなさを反省すべきなのだろうか。

展示とは関係ないが、「号いくら」という絵(作家)の評価に笑ってしまう。100gいくらという豚肉じゃあるまいし‥。まあ、変な世界だな。写真屋としては、理解できない。

写真にしろ絵にしろ、どういうサイズが見やすいのかよくわからない。大きな絵は離れて見るし、小さな絵は寄って見る。どちらも不自由がなさそうだが、より作品に近づいて見るのは、やはり小さい作品だと思う。小さな絵は、立ち止まって顔を近づけなくては見えないからだ。そこには見ようとする力が働く。逆に大きな絵は、ちょっと離れたところから見るので、歩きながらでも視界に入ってくる。と、思う訳さ。

部屋に飾るとしたら、どんなに大きくても10号までだ。額の大きさもあるので、2号から5号が手頃。写真なら、どんなに大きくても半切だろう。キャビネ前後が飾りやすいと思う。
来年くらいに写真展をやりたいと思っているが、そのプリントサイズはキャビネと今から決めている。キャビネならプリントも楽だし、保管も容易。それに、すぐ飾れる。言うことなしだ。

写真は、一昨年飯田市でやった写真展の様子。半切と四ッ切を50点近く並べた。
09.03.02


 ニセアカシア

河川敷でよく目につく木がニセアカシア。護岸のために植栽することもあるらしいが、あちこちで勢力を伸ばしている。生命力がやたら強く、除去はむずかしいとのこと。「要注意外来生物リスト」にも名前が載っている。

冬の風の強い日はたくさんの実が触れ合い、ガサガサガサと騒々しい。この辺りでは珍しいサイカチも大きな音を出す。「サイカチのようにうるさい」という言葉があるそうだ。
ニセアカシアの実はさやごと風に飛ばされる。河原から400メートルも離れたところで見つけたこともある。けっこうな距離だ。我が家の庭にもいくつも飛んで来る。

5月に咲く白い房状の花は、とてもきれいだ。いつだったか花の天ぷらを食べたことがある。珍しいだけで、おいしいものではない。

左の写真は、ニセアカシアの実。さっきサイカチの写真を探したが、見つからなかった。
サイカチを初めて見たのは、中学生のとき。玄峯院(篠ノ井岡田)の裏手にあった。珍しいので、実(さや)をいくつも拾って来て、部屋にぶら下げておいた。そういえば生坂村のR19号沿いにもあったが、今は見ない。切られたのかな。旭山の山頂にも数本あった。上田市の民家の庭にもあったな。ごく普通種類らしいが、長野市周辺では見ることは少ない。


変わって、ケータイ(premini)の話。ときどきだが、勝手に電源がオフになってしまう。4年も使ったのだから、そろそろ寿命なのだろう。
DOCOMOのカタログを広げ、新機種選定に入った。でも、どうもピンと来ない。写真屋だし、カメラ機能なんていらない。ワンセグもいらない。それから、iモードもいらないかも。考えたら、もう何ヵ月もケータイのメールを使っていない。完全に通話のみ(汗)。
で、選択の余地はなかった。おれの新機種は、らくらくホンだ。ということで、改めてカタログの写真をまじまじと見た。ううううぅん、はっきり言って、ダサイ。それも、かなりダサイ。人前で使うには、かなりの勇気がいりそう。

ううーん、おれもここまで来たか。と、感無量。←意味不明。
さて、どうしたものか。
09.02.27

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