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 STAR TREK

「劇場映画の予告編」を毎週PC(mac)でチェックしている。全部英語なので、ドラマはチンプンカンプン。でも、アクション、ホラー、コメディなどはある程度理解できる。

気になっているのが、「スター・トレック(STAR TREK)」。昨年まではエンタープライズの造船風景(イメージCG)だったが、今年に入ると本格的な予告になった。疾走する赤いスポーツカーとそれを追う警官。谷底に落ちる直前に車から飛び降りる少年。
警官「What is your name?」
少年「My name is James Tiberius Kirk.」
おおおおおおぅ、カーク船長じゃないの。それだけじゃない。スポック少年も出てくるぞ。そして、カーク青年とスポック青年が宇宙に飛び立ち、未知の冒険が始まるんだね。なんかすごい。
今年の5月の上映らしい。

「FANBOYS」というコメディもおもしろそう。
「スター・ウォーズ」のオタクたちが繰り広げるオバカムービーだ。「スター・ウォーズ」に出演した俳優もちょこちょこ顔を出すようだが、なぜか「スター・トレック」のカーク船長役のウィリアム・シャトナーも登場する。パロディ盛りだくさんで、期待大。でも、日本では公開しないかも。


さて、SF映画の金字塔といえば、だれがなんといっても「ギャラクシー・クエスト」でしょ。
「スター・トレック」のパロディといえなくもないが、もうメチャクチャおもしろい。やはりオタクが出てきて、大活躍する。ストーリー、シナリオ、キャスト、すべてがいい。
「衛星放送で観ましたが、いや〜NHKさんありがとう。 こんなに面白い映画を知らずに死んだかと思うとぞっとするね」と、nourider164さんがYAHOO!映画のユーザーレビューでおっしゃってる。そうなんだ。有名じゃないが、すばらしい作品なのだ。しかし、日本での興行成績は惨たんたるものだった。
映画って、やはり宣伝イコール興行成績なのかな。

画「ロック・ユー!(ROCK YOU!)」も同様だ。
ガラガラの映画館にたまたま入った友人N君は、こう言った。あまりのおもしろさに腰を抜かしたよ。変な表現だけど、まあ気持はわかる。

映画ロック・ユー!は、中世ヨーロッパを舞台としたスポ根ドラマ。笑いを入れての、愛と友情の話だ。貧しい屋根葺き職人の息子ウィリアムが志を高く持って、困難に立ち向かう姿がいい。チョーサーやエドワード王子なんかも、いい役なんだなあ。それに音楽は、クィーンときたもんだ。最初のシーンで「We Will Rock You」が流れるぞ。(涙) でも、1人だけ手と足が逆なんだよね。気になるなあ。
エンドクレジットのときに流れるのが、「We Are the Champions」。歌詞がピッタンコ。これまた涙。
09.02.16


 20分後の未来 その3

右の写真は、オニグルミの枝先。葉痕が動物の顔に見える。羊の顔だという人もいるが、やはり猿の顔に見える。ひとつひとつ表情が違うので、とてもおもしろい。

オニグルミは、1枚1枚の葉が独立していない。5〜10対ほどの葉がワンセットになった羽状複葉というやつで、枝に見えるほど大きい。秋になって葉柄ごとバサッと落葉する。で、その葉痕が猿顔似。猿のおでこのあたりの出っ張りが、春に出る新しい芽。

オニグルミとかサワグルミは、湿ったところが大好き。犀川沿いの散歩コースにも、何本ものオニグルミが育っている。実(下の写真)はメチャクチャ堅い。石の上に実を置いて、ハンマーでガンガンガン。かなりの力を入れた。きれいに半分に割ろうとしたが、これもなかなかむずかしかった。食味は、カシグルミより上かも。
実は堅いが、木はもろい。ケヤキとかマユミなどは細い枝でも折れないが、クルミ類は粘りがなく、ボキッと折れる。カキ同様、木登りは要注意。

台風で増水した後など、けっこうな数のクルミが流れ着く。ほとんどオニグルミだが、ヒメグルミ(オニグルミの仲間)も混じる。ヒメグルミはとがった感じのハート型で、ちょっと扁平。表面がすべすべなので、すぐ見分けがつく。


オニグルミの殻をかじれるのは、リスとアカネズミだけ。2種類とも、クルミを土の中に埋めて冬の食料にする。でも必ず食べ忘れがあって、そいつが発芽する。オニグルミは、土に埋めないと発芽しにくいとか。持ちつ持たれつのいい関係なのだ。極端な言い方をすれば、リスやアカネズミがいないとオニグルミは子孫を残せない。
それにしても、あのオニグルミをかじるなんて、リスやネズミの歯はすごい。歯に自信のないおれとしては、うらやましい限り。「か弱き女性よ 襲われたら歯を使おう」という日本歯科医師会のポスターがあったけど、とにかく歯は大事だ。

カラスは空中からクルミを落とし、割って中身を食べる。そのクルミはカシグルミ。オニグルミではない。オニグルミを100メートル上空から落としても、たぶん割れないと思う。カラスはカシグルミを路上に置いて、車にひかせるということもするが、オニグルミはどうなんだろうか。車の重さで割れるんだろうか。明日にでも実験してみよう。

堅いクルミ、硬いクルミ、どちらが正しいんだろう。それとも、意味が違うのかな。調べるのも、めんどうだ。小中学校の9年間、国語(通知表)は例外なく2だった。ううん、納得。
09.02.13


 好評受付中

よその家は知らないが、我が家はあまりテレビを見ない。見るとしたら、食事中だけかな。子供もそれが習慣になっていて、食べ終わるとすぐテレビを消してしまう。食後はというと、娘は読書か勉強。息子はカタログを見たり、漫画を見たり、勉強をしたり、ケータイを見たり。おれと女房は、それぞれのことをしている。
夜の9時過ぎは、たいていは写真のような感じ。自分の部屋があるのに、子供たちはダイニングテーブルで勉強する。とても仲がいい。

夕食後、息子が言った。ああ、なにかデザートがほしい。で、女房が出したのが、赤い包装紙の小さな箱。
女房「ちょっと早いけど、チョコレート」
息子「えっ、チョコレート。14日にほしかったなあ。でも、ありがとう」
おれ「お前なあ、母親からチョコレートもらってどうするんだよ」
息子「‥‥」
息子「これ、みんな食べちゃって、いいかなあ」
女房「ええっ!?みんな?食べ過ぎよ」
息子「たいした量じゃないもん。でも、14日にも食べたいなあ」
おれ「14日になったら、おれが女たちからいっぱいもらうから。みんなお前にやるよ」
一同「‥‥」
女房「怜ちゃんは、だれかに贈らないの?」
娘「うん。贈らない」
なんだかメチャクチャな、わけのわからない親子の会話だった。

ということで、
チョコレート、好評受付中。

そういえば、去年はひとつももらわなかった。考えたら、今まで女房から1度ももらったことがない。でもまあ、女房からもらってもなあ‥。そもそも、おれからプレゼントしたことないもんなあ(汗)。
09.02.09


 飯綱高原


長野市街地から飯綱高原までは、2ルートある。長野西高の裏手から七曲がりを経て、旧バードラインに入るコース。もうひとつは、浅川に沿って上がるコース。七曲がりコースはキツイが、所要時間は短い。おれの家からだと、早ければ25分で着く。

道路に雪がないんで、七曲がりコースで飯綱のO美容室に行った。髪を切るのは女房で、おれは運転手。Oさんのお店はスキー場のすぐ近くで、別荘が点在する林の中。待っている間、おれは近くを散歩した。
上の左の写真は、Oさんのお店の近くで撮った飯縄山(1917m)。右は、キツネの足跡。ほかに、ノウサギ、テン、リスなんかの足跡もあった。下の写真は、ウリハダカエデ。樹皮の感じがマクワウリに似ているので、この名がある。マクワウリなんて、知っている人は少ないかな。昔の果物だから。

飯綱も雪が少なかった。ところどころ土が見えるほどで、エビネ(ラン科)を2株見つけた。花の咲く頃、また行ってみよう。
この冬は、どうしたんだろう。長野市の平地でだが、12月と1月に降った雪は、積算でも30cm以下。気温も高め。50年も長野に住んでいるが、こんな冬は記憶にない。


飯綱高原の入り口に大座法師池(だいざほうしいけ)がある。昔の昔、巨人デーダラが飯縄山に腰を下ろし、一歩足を踏み出したときにできた池とのこと。すぐ近くには大谷地湿原があって、春にはミズバショウ、リュウキンカ、キクザキイチゲなどの花が咲く。散策には、とてもいいところだ。
もともとは別荘地だが、定住している人も多い。車で15分か20分で市の中心に行ける距離にあるからだ。おれの友人も、この飯綱に住んでいる。


その昔、おれもこの地にちょっとあこがれた。1000坪ほどの土地に小さな家を建て、大きなミズナラの下でのんびりビールを飲むんだ。そしてツツドリやビンズイの声を聞きながら、のんびり昼寝。しばらくすると美しい妻がやって来て、「そろそろ起きたら」と、おれの耳元で優しくささやくんだ。ううん、いいなあ。夢のまた夢。というより、今はもう叶わぬ夢。
09.02.07


 善光寺本尊 その2


郷土史家の小林計一郎さんに本尊のことを聞いたことがある。小林さん曰く。縁起では、物部氏が叩いたり焼いたりして本尊を壊そうとしたという記述がある。仮にそれが本当の話なら、当然本尊は相当傷んでいるはず。本尊が傷んでいたので、逆にそういう縁起が生まれたのかもしれない。傷んだ理由は、火災かもしれない。たびたび本堂が燃えているからね。いずれにしても、本尊はかなり損傷していると思う。小林さんは、京都のなんとかというお寺の秘仏を例に挙げて話してくれた。
実際のところは、どうなんだろうねえ。気になるなあ。

厨子に入った本尊は、本堂の瑠璃壇に安置されている。25年以上も前だが、善光寺関係の写真(雑誌掲載用)を何日もかかって撮影したことがある。そんときその瑠璃壇にも行った。案内してくれた人がこう言った。年末の大掃除のときにその厨子を持ち上げるんだよね。ずっしり重くてさ。やはり入っているんだと思う。さらにこう説明してくれた。横に宿直室のような部屋があって、火事とかのときは、番の人がその厨子(ランドセル型)を背負って、そっちの戸を開けて避難するんだ。
瑠璃壇は本堂の中心ではなく、裏口に近い左奥(北西角)にある。三国伝来の本尊が、なんてったっていちばん大切なのだ。

本尊は、晒のような白い布でぐるぐる巻きになっているという。布なんか、何十年も保たないと思うんだよね。数十年に一度くらいは、新しい布をこっそり巻いているのでは‥。やっぱ古い布の上にだよね。
一度でいいから、本尊をこっそり見てみたい。
09.02.04


 善光寺本尊 その1



七年に一度の善光寺御開帳の年だ。七年といっても、それは数え。実際は六年に一度で、干支でいうと丑と未の年。諏訪の御柱も七年に一度。こちらは寅と申の年で、善光寺御開帳の翌年になる。
御開帳というのは、本尊の代わりとなる前立本尊を公開するもので、4月から6月にかけて回向柱建立、屋台巡行などの行事が続く。

学生時代、一度だけユースホステル(お寺)に泊まったことがある。夕食後、住職がいろんな話をしてくれた。その話の中で気になったのが、「もんがいふしち」という言葉。「もんがいふしち」って、なんだろう。ちょっと間を置いて、それは門外不出という言葉だと気づいた。東北弁って、味わいがあっていいね。「もんがいふしち」という言葉は強く印象に残っているが、話の内容はまったく覚えていない。

善光寺本尊は、「もんがいふしち」なんてもんじゃないぞ。秘仏中の秘仏で、絶対的な秘仏。この数百年の間、実物を見た人はいないのだから。ホントかいな。ついそう思ってしまう。長野では、いろんな噂が残っている。戦後間もないころの話。「GHQが本尊を調べたたら、なんと本尊はなかった」というもの。ところが、「本尊はちゃんとあった」という逆の話もある。真偽はどうなんだろうか。そもそもGHQの話自体が眉唾だ。
江戸時代にも、やはり問題になった。善光寺は、江戸でたびたび出開帳をした。そんなときに、「実は本尊は存在しないのでは」という噂が広がったのだ。幕府も気になったのか、信州善光寺に使者を送って本尊を検分させたとか。
09.02.03


 20分後の未来 その2


家から東南方向に5分ほど歩いたところに北国街道の旧丹波島(たんばじま)宿がある。江戸あるいは京都方面から来た旅人は篠ノ井を経て、川中島を北上。街道は、於佐加(おさか)神社の前で直角(東)に曲がる。そこが東西約650mの丹波島宿。旅人は、「丹波島の渡し」なる船で難所の犀川を渡り、善光寺または越後に向かった。
おれの子供のころ、この丹波島宿にもよく遊びに行った。当時は宿場らしい家並がきれいに残っていたが、今はその面影がほとんどない。

平行して新しい広い道がすぐ南側にできたので、この通りは今はとても静か。通過車両はほとんどない。で、いい散歩コースになっている。写真は、脇本陣の柳島家(今日撮影)。格式ある冠木門(かぶきもん)がいいね。右は、1979年撮影の同じ柳島家。街道に面した茅葺きの建物は、なにに使ったんだろうか。下の写真は宿場東端にある商家の土蔵の鬼瓦。


おれの今の家は、生まれ育った実家(今はもうない)から直線で800m北。リンゴ、モモ、ブドウなど果樹園や水田が点在する、長野市郊外の新興住宅地。徒歩10分以内のところに24時間営業のスーパー(SEIYU)があり、さらにセブンイレブンとローソンがそれぞれ二つある。田舎だが、まあ普通に暮らしていくにはさほど不自由しないところだ。

家からいちばん近い神社が、丹波島宿西端の於佐加神社。この何年かは、初詣はこの神社と決めている。近くに北河原という古い部落があって、そこに養蚕神社というのがある。お参りはここでもいいのだが、養蚕の神様じゃねえ。どうもご利益が薄そうで‥。ここはやはり旧村社の於佐加神社でしょ。

養蚕農家というのは、蚕をとても大切にした。蚕を呼び捨てにせず、お蚕様と呼んだほど。すごいねえ。
蚕を育てる様子をご存知だろうか。蚕室の匂いをご存知だろうか。昔は友達の家でも親類の家でも近所でも、蚕をたくさん飼っていた。
普通の家は狭い。で、座敷の畳もすべて上げ、家中で蚕を飼ったものだ。蚕は、ガサガサガサガサと桑の葉を食べる。その大きな音を今でもよく覚えている。
桑畑もたくさんたくさんあった。桑の葉を積んだリヤカーや大きなかごを背負った人が、おれの家の前を行ったり来たりしたものだ。

今住んでいる三本柳というところは、昔は家など一軒もなかった。県の農業試験場があって、土手に立つと、見渡す限りの桑畑。ここで桑の品種改良をしていたのだ。桑の実などは、もう取り放題。口と手を紫色にして、腹いっぱい食べたものだ。とてもなつかしい。
上の写真は、その桑の実。数年前の撮影だが、日付は6月14日。実は白から赤、赤から濃い紫、そして黒色に。触れただけでポロリと落ちるぐらいがベストだ。そういえば、もう何年も口にしていないなあ。
09.01.30


 20分後の未来 その1



いつも手ぶらなのだが、今日はカメラを持って散歩に出た。写真は、近くの犀川。この水辺までは、家から歩いて6分。
冬期は、水量がとても少ない。遠くに見える白い山は、北アルプス(大町市)。右の山の中腹の白い岩は、凝灰岩。この辺のものは裾花(すそばな)凝灰岩と呼ばれ、クレンザーとして使われる。岩というより、固まった細かい砂という感じ。

犀川の最上流(梓川)は、北アルプスの上高地。その梓川に木曽方面からの奈良井川が合流し、さらに槍ヶ岳を水源とする高瀬川が合流する。このあたりで犀川という名になるらしい。安曇野から山間を蛇行しながら東に流れ、やがて長野市に入る。高妻山を水源とする裾花川が合流し、落合橋あたりで千曲川に合流する。犀川は千曲川の支流だが、水量はほとんど同じ。千曲川は新潟県に入ると、信濃川と名前を変える。川の名前は面倒だ。

子供の頃、この川でよく魚釣りをした。その回数は、おそらく数百回。夏休みはこの川で泳ぎ、キャンプをした。
景色は、昔とあまり変わっていない。だから、この場所が好き。ここに立つたびに昔を思い出す。


ときどき散歩に出る。軽い散歩。ルートはいろいろで、長くても40分。まあだいたいは、15分とか20分くらいで引き返す。
「20分後は、どんな発見があるだろう」と出かけるときに思うので、「20分後の未来」というタイトル。というのはウソ。「20分後の未来」とは、英の近未来SF連続ドラマ「マックス・ヘッドルーム」のサブタイトル。もちろんそのパクリ。ドラマ同様、深い意味はない。

これからも散歩中に写真を撮ろうと思う。
09.01.28


 タヌキ



今朝の7時前のこと。娘を学校まで送る途中、タヌキを見た。そのタヌキ、目の前の道路をトコトコと横断して行ったのだが、そののろいことのろいこと。あんなんだから、車に轢かれるんだね。あきれてしまう。

上の写真は、17年前に飯山市の山中で撮ったもの。やはり車の前をフラフラと歩いていた。様子がなんか変。車を止めて、近寄って見ると、ガリガリにやせた病気のタヌキ。その上、失明している感じ。おにぎりをそばに置いて立ち去ったが、長くは生きられなかったはず。
その当時、タヌキの伝染病が全国的に流行っていて、数千とか数万匹のタヌキが死んだと思う。全身の毛が抜けたタヌキの死骸をいくつも見た。かわいそうだったね。

車を運転していると、いろんな動物を見る。カメ、ヘビ、リス、イタチ、ウサギ、キツネ、サル、シカ、カモシカ、イノシシなど。残念ながらクマはない。
そういえば立科町の山中でクマを轢いたという話を聞いたことがある。その人、ライトに照らされたクマを確認し、すぐブレーキ。だが間に合わず、ドンという鈍い音。いったんは車を止めたものの、車から出るのが怖くてそのまま帰ったとのこと。この場合、やはり轢き逃げするのが得策だ。そして、帰ってすぐ警察に通報する。

たとえばカモシカは特別天然記念物になっている。そのカモシカを轢いても、法律的にはなんのお咎めもないらしい。だからどうということはないが‥。

2年ほど前、木曽の中央線で列車がクマとぶつかっている。軽井沢の信越線でも、シカとぶつかっている。ニアミスはたくさんあるんだと思う。高速道路もしかり。シカ、ウサギなどいろんな動物が犠牲になっている。
轢かれる動物のナンバーワンは、やはりタヌキ。今までに何百と見ている。珍しいものでは、アナグマ、ハクビシン、アライグマなどの礫死体を見ている。
車の運転は、よくよく慎重に。
09.01.23


 ヒマなんで

ここんとこヒマなんで、映画(DVD)三昧。今回は、12本をレンタル。中で最悪だったのが、「人のセックスを笑うな」。タイトルはいいよね。でもだ。

これがとんでもない粗悪品。見始めて10分でうんざり。見続けるが苦痛になり、すぐケースに戻した。ところがだ。女房が見たいとのこと。おれは見たくなかったが、昼食の準備(おれの仕事)をしながら見るはめになった。もちろん食事中も。
ううううん、やはり苦痛。メリハリのない、だらだらとしたストーリー。台詞と演技は、実に場当たり的。ロングショットが続き、しかもカットがやたらめったら長い。そいでもって、意味不明のカットが突如割って入る。まるで中学生が作ったような映像だ。うんざりというより、あまりのひどさに腹が立った。
原作はまったく知らない。でも映画化するくらいだから、多分いい話なのだろう。あのシナリオでやるにしても、ほかの監督が作ったら数倍いい作品になっていたはずだ。断言する。
でも、驚いた。この作品を支持する人が、少なくないんだね。もうびっくり。100人が100人ともいいという作品はあり得ない。それはわかる。人の好みはそれぞれ。それも十分承知。それでもなお言いたい。あまりにひどい。
年を取って、新しい感性が理解できなくなったのだろうか。

2005年の作品に「亀は意外と早く泳ぐ」というコメディがある。ゆるいストーリー、ゆるい演出、ゆるいキャラが人気で、評価が実に高い。作品をけなす人は、もちろん少ない。でも、おれはだめだった。まったく話についていけなかった。コメディなのだが、ちっとも笑えないのだ。大げさかもしれないが、ひとつも笑えなかった。寒いギャグとつまらない展開。最初から最後まで、とにかく退屈の一言。笑えないおれが、変なのかな。ついそう思ってしまったほど。「亀は意外と早く泳ぐ」のストーリー、シナリオ、ギャグともに好みではないが、映画としては「人のセックスを笑うな」より何十倍もいい。
普通は、映画を見始めて5分とか10分すると、だいたいその作品のおもしろさが予想できる。が、2004年の「北の零年」は違った。おもしろそうと見ていると、話が進むにつれ「おいおい、それはねえだろう」「なんでそうなるの」とツッコミ満載の展開。エンドマークを見たら、怒り心頭というやつ。あまりのひどさに腹が立った。一生懸命やった役者がかわいそうだった。


「人のセックスを笑うな」の次に見たのは、「プラダを着た悪魔」。おもしろさでは75点の出来だが、シナリオ、演出、カメラ、演技、衣装など、どれをとっても本職の仕事。見ていて、本当に心地いい。ストーリーにも起承転結があって、しかもひとつふたつとオチがある。これぞ映画という感じ。

で、その次に見たのが、米連続ドラマ「メディアム」のシーズン2の6から11の6本。印象に残っているのは、2-7の「母の思い」第13話(エピソード29)。母親が7歳の我が子をピストルで殺そうとする話。結末はちょっと悲しいが、アリソン・デュボア同様うんうんと納得。「母さん、ありがとう。ぼく、がんばったよ」という最後の台詞にウルウル。いい話だねえ。アリソンがマリリン宅にひとり訪ねて夢の話をするシーンは、繰り返し見てしまった。
09.01.22


 真似と盗用

「廃墟写真」をめぐり著作権を侵害されたとして、丸田祥三氏が小林伸一郎氏を提訴した。同じ場所で同じような構図で撮影した写真を発表したからだ。二人は真っ向から争うらしい。先日の話だ。
実際に盗用したかしないかは、おれにはわからない。
世間では丸田氏を擁護するする意見のほうが多いようだが、おれは小林氏の肩を(全面的にではないが)持ちたい。

ひとつの現場で何百カット何千カットを撮るにしても、絵になるポイントはそう多くないはずだ。似通った写真が何枚かあっても、ちっとも不思議じゃない。たとえば鉄道写真を例にとろう。長い長い線路のどこででも列車が撮れるはずだが、いい撮影ポイントはやはり少ない。そういう場所では、大勢のカメラマンが集まる。当然似たような写真がたくさん撮れているはずだ。
京都の清水寺にしろ金閣寺にしろ、誰が撮っても同じような写真になる。撮影ポイントとは、だいたいがそういうもの。つまりは、写真なんて、だいたいがそういうものなのだ。

「いい廃虚を見つけるには、多大な時間と費用がかかる。小林さんが自ら発掘したかのように発表され、わたしの写真の価値を損なわれた」というのが丸田氏の言葉。これも理解できる。一方小林氏は、「先に撮影した被写体をほかの写真家が撮影してはならないというに等しい」と反論する。これまた理解できる。

丸田氏の示した5点の写真はとてもよく似ている。
両氏ともに有名なカメラマン。「廃墟写真の先駆者」を自負する丸田氏の作品を小林氏が知らないわけがない。おれはこう思う。小林氏は発表の前に写真をよく照合して、酷似したものを割愛すべきだった。同じような写真を世に出してもあまり意味ないし、李下に冠を正さずという言葉があるからだ。酷似している写真をどうしても発表したかったら、事前に丸田氏と話し合うべきだったのだろう。

この裁判、どうなるんだろう。気になる。


日の下に新しきことなし。
写真だけじゃないと思うけど、結局人の真似をしながらいろいろ覚えていくものだ。おれなんかも、真似真似の連続。独創的なものなんか、なにもありゃしない。
真似と盗用は似て非なるものだろうが、その境目はグレー。むずかしいね。

おれは、著作権なるものにあまり関心がない。納品するとき、いつもこう言う。この写真、なにに使ってもいいよ。連絡もいらないし、クレジットいらない。
自分の写真が、無断で雑誌に載っていることもたびたび。でも、ちっとも気にならない。おれって、おかしいのかな。おれなんかの写真を真似するような人はいないと思うけど、いたらうれしいと思う。「真似されたら一人前」という言葉もあるからだ。

たかが写真だ。たかが写真だけど、写真には(ある程度)正確に記録する力がある。その力は、やはり絶大だと思う。おれは、写真の芸術性というものをそれほど評価しない。芸術的な写真があるにしても、やがてそれは歴史の中で消えていくんじゃないかな。消えたからといって、もちろん悪いとはいわない。いいものでも、どんどん消えていくからね。
09.01.15


 雪景色

12月がとても忙しかったので、正月はのんびりした。
することはなにもないので、毎日ビールを飲みながら映画(DVD)鑑賞。とにかくたくさん見た。中で最悪だったのが、「クローバーフィールド/HAKAISHA」。意味不明瞭で、結局なんなのよ。次にひどかったのが、「ミスト」。あの結末なら、普通の戦争映画にしたほうがいい。あの霧とあの生物は、結局なんなのよ。狂信的なおばさんにも、うんざり。彼女が銃で撃たれたとき、なんかほっとしたほど。
で、口直し。息子のDVDコレクションから「BACK TO THE FUTURE」3部作を拝借し、一気に鑑賞。ああ、懐かしかった。


怠惰の生活のせいで、体が重い。体操をしたら、体のあちこちが痛い。
やはり、なにか運動をしなくては。数十年も前から、同じことを繰り返し繰り返し反省している。人間って、なかなか進歩しないものだ。というより、ちっとも変わらないのかな。

おれの家のすぐ北側に犀川の土手(右岸)があって、そこを下りると遊歩道があって、いろんな人が歩いたり走ったりしている。そこは長野東高陸上部の練習コースになっていて、朝夕部員が黙々と走っている。そんな姿を見て、おれはいつも感心する。すごいねえ。とても真似できない。正直言うと、「ただ走って」どこがおもしろいんだろう?なんて思ったりもする。根っからの運動嫌い運動オンチなのだろう。
「BACK TO THE FUTURE」パート3(西部開拓時代の1885年)で、こんなシーンがある。ドクが酒場で、飲んだくれの連中相手に未来の話をする。
ドク「未来の世界では、馬はいらない。人は、自動車という乗り物に乗る」
客A「そいつに乗れば、人は歩いたり走ったりしないのかい?」
ドク「走るさ。レクレーションでね」
客A「お遊びで走るのかい?アハハ、そいつはバカな話だ。ハハハハハッ」
客B「アハハッ、アハハハハハハハハハハッ」
客一同、大笑い。

おれはというと、1855年の飲んだくれと同じレベルかも。笑ってしまう。

それから、同じパート3での話。マーティが名前を聞かれて、クリント・イーストウッドと答えるシーンがある。これもいいね。アメリカのテレビドラマで、やはり過去に戻った高校生が名前を聞かれて、ブラッド・ピッドと答えていた。これはパクリだろう。でも笑える。



今朝は、雪景色。この冬一番の積雪。といっても、ほんの7cmほど。これだけ雪の少ない冬は珍しい。窓から庭に来る小鳥を眺めた。ヒヨドリ、メジロ、シメ、ウグイス、ツグミ、スズメ、オナガ、等々。入れ替わり立ち替わりやって来る。写真は、雪の中のツグミ。

今朝も、大型トラックと乗用車の事故を見た。スリップが原因だろうが、乗用車が歩道に乗り上げていた。怖いねえ。
おれは大きな事故を起こしたことはないが、山道の下り坂でカーブを曲がりきれずに雪に突っ込んだことが2度ほどある。それから交差点で右折しようとしたら、車が1回転とか半回転したことが3度ほどある。とにかく冷や汗ものだ。
雪道の運転は、とても怖い。とにかくゆっくり走ること。それしかない。でもいちばんいいのは、運転しないことだ。
09.01.14

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